隣人とは誰か?

昨日渋谷で、
Blogや本や知人の紹介などでつながった、
20代のメンバー5人で飲み会をした。



「エメラルド・タブレット*1について」
「今この時代でサバイブするということ」
ロールモデルあるいは注目すべき人*2について」
「言霊について、名前の法則」



その帰り道、思い出した詩が一篇。



『アパート(a part)』


上には誰がいる。
下には誰がいる。
隣りには誰がいるのだろうか。
特別というものはなく、
単に魂の過程に見合った役割の技。


銀河飛行

銀河飛行




駅を出て、なんとなくバスには乗らず、
むだに30分歩いて返った。


う〜んと唸りながら、
部屋に戻って、流れた一曲。
耳慣れたメロディの、その歌詞。


ポリリズム(Polyrhythm)』


とても大事な  キミの想いは
無駄にならない 世界は廻る
ほんの少しの 僕の気持ちも
巡り巡るよ


我に告ぐ。


隣人とは、
「〜である」「〜だった」という風に、
予め固定的に定められた存在ではなく、
各人が「なる」という仕方で実現すべき
実践であると知れ。

*1:今から2万年余り昔、エジプトでトート神として迎えられた当時5万歳のアトランティス人トートによってヘルメス思想の奥義が記されたエメラルドの碑文

*2:メンバーの内の2人が師事していたという、現代詩人の吉増剛造氏についての話が興味深かった。きれいな銀色の人らしい。